72の季節

お問い合わせ

News

Event

Concept

工事メニュー

case

voice

landscapeからのご提案

  • 収穫のある庭
  • 古材でDIY
  • 週末キッチン

Column

72の季節

STAFF

Flow

Landscape Kinoya

ランドスケープ季の屋

〒481-0045
愛知県北名古屋市中之郷南72
FREE:0120-97-6685
TEL:0568-27-9533
FAX:0568-22-9911

■設計室
愛知県北名古屋市中之郷67

> 会社概要 > アクセス

facebook

2016/08/12 | 思い出に残る教育。

 

寒蝉鳴く(ひぐらしなく)

 

8/12〜16頃。

 

 

 

夜明け時や夕暮れ時、

 

薄暗く曇った時に

 

“カナカナカナ”と響くのはひぐらしの声。

 

もの悲しくせつない響きは、

 

あたりの雰囲気も変えてしまうかのよう。

 

お盆を迎えて、盆踊りの音が

 

どこか遠くから微かに聞こえてくる。

 

 

 

前回綴った、おばあちゃんと少年の話、

 

このお盆の時期になると恋しさに満ち溢れ

 

幼き自分を思い出す。

 

目に映る1シーンごとに鮮明に記憶していた事が描写できる。

 

皆さんは、どうでしょう?

 

無意識ながら過ごしてきたこと、何気なく過ごしてきたから

 

幼き頃の事が、いつだった?とハッキリ言えるぐらいの

 

記憶は曖昧でしょうか?それとも鮮明でしょうか?

 

記憶を辿ると

 

意外と背景に何かがあってとか、

 

ココロ強く感じる事があったりと、

 

印象に残ることが、今でも自分の中で生き続けている。

 

喜怒哀楽や五感と感じ取ることが、思い出に残るんだと思う。

 

年々と歳をとる度に考え方も変わり

 

突然あの時の事を思い出しては想いにふける。

 

“カナカナカナー”とひぐらしの鳴き声は、

 

秋の涼しさの始まりを教えてくれる。

 

このヒグラシが鳴いているのを背景に

 

お盆の頃おばあちゃん家でスイカを食べたのなら

 

何となく覚えている事だろう。

 

僕の中での思い出とは、1シーン毎に背景がある。

 

その事によって出来事が思い浮かぶ。

 

でも、そんな事はその時いちいち意識しないから

 

成人した時にお盆のイメージは?と問うと

 

縁側とスイカが何となく思い浮かぶくらいだ。

 

しかし、今現在大人になったからなのだろうか、

 

ちょっとした事を思い出して涙腺が緩くなってしまっているし、

 

曖昧だった記憶は情が溢れて鮮明になる。

 

幼い子供が芝居や運動会などで頑張っている姿を見たり、

 

映画の1シーンで家族の絆や愛であったりと、

 

懸命に頑張ることや苦労を経て成し遂げることは

 

素晴らしく共感や同情でココロが揺れ動きやすくなっている。

 

そして、涙。

 

まさに今、様々な出来事を思い出しては涙する。

 

歳をとることでいろいろと解ることが多い。

 

無邪気だった自分、浅はかだった考え

 

今の経験値であればと、あの時の事を悔やんだりもする。

 

しかし変えられない過去、これが現実。

 

メソメソしている場合じゃない。

 

経験したことを糧にまたは教訓にして

 

新たな使命感を持って未来に向かって歩むんだ。

 

だから、自分の子供にはと良い思い出づくりに励む。

 

色んなところへ連れて行って、色んな経験をさせたい。

 

もちろん親子で。

 

だが、子供は本当に楽しんでいるのかな?

 

嬉しいのかな?とふと疑問に思うことがある。

 

親とは、子供にとって勉学と道徳の最大の教育者と考える。

 

だから、子供が興味を示したことを一緒にチャレンジしながら

 

不器用でも教えている姿を見てもらい、

 

時には子供に教えてもらったりと

 

共に学ぶことで親子の絆が深まると思う。

 

教育者の親自身に経験がない分野だからと言って決して諦めたくない。

 

しかし、基礎・応用とプロみたいにはいかないので

 

親の教育には限界があるかもしれないが、

 

仮に興味を示したのならその道のプロに任せればいいと思う。

 

それを何の分別もつかないまま、これをやると良いだとか

 

将来のためにこれをしなさいだとか

 

“教育”じゃなく“強制”になることは避けたい。

 

これは、誰が一番満足するかといえば

 

子供ではなく親がである。

 

周りに流されたり誰よりも一番であって欲しいと願う

 

気持ちはわからないでもないが

 

子供本人が、今何を感じてどう思っているかを尊重したい。

 

そして、自分自身でやりたい事を見つけ

 

進むべき道を進んでもらいたい。

 

一方、強制じみた教育になると

 

親は手応えが欲しい。

 

だから、親は子供に時々確認をする。

 

楽しかった?良かった?だとかを。

 

この時点で、親が満足しようとしていることになる。

 

こんなこと本来なら聞かなくても良い。

 

「楽しかった!」

 

「すごく良かったよ!」

 

「嬉しかった!」は、

 

本来子供から発信してくれるはずと。

 

だから、僕は娘がプールに泳ぎに行きたいと言えば

 

一緒に行って一緒に泳ぐ。

 

ピアノをやりたいと言えば一緒になってキーボードの鍵盤をたたく。

 

そうすると、プロでない僕の技術には限界がある。

 

そこで僕は、娘にやり方を聞いたりもする。

 

すると

 

「こうやってやればいんだよー!」と

 

自信満々に教えてくれる。

 

その姿を見て僕は安心する。

 

楽しいんだな、と。

 

こうして親子の絆が深まり、互いに楽しく学ぶ事ができる。

 

これは、子供にとってまたは親にとっても

 

非常に良い思い出になるんだと自負している。

 

一覧へ

  • 次へ
  • 前へ

お気軽にどうぞ!

お問い合わせ